創作者は往々にしてスケベだ
Thinking
創作する者は妄想癖が強い。妄想は創作のために必要な才能のひとつとも言える。そして,妄想癖の強い者は,たぶんスケベでもある。スケベな妄想を作品にどの程度含ませるかはいろいろだが。
創作する者は,作品の受け手をイかせようとしている。エクスタシーを与えたいのだ。エクスタシーを与える喜びが,創作のモチベーションになる。
アートの分野だけではない,サイエンスにもテクノロジーにもエクスタシーはある。プログラミングにもマーケティングにも…。
それは昔から少しも変わっていない。クラシック音楽もそう。
断言してもいい。クラシックはエロい! リズム,メロディ,ハーモニー,テンポ,ダイナミクスを,キスや愛撫,眼差しや囁きに重ねてみるといい。
たとえば,ラベルのボレロ。(Ravel : Bolero)
同じリズム,同じメロディを延々と繰り返す。音色をかえ,ハーモニーをかえ,クレッシェンドしながら15分。一点攻め。手技(または舌技)のバリエーションでイかせるという感じだ。
ラベルのボレロをセックスのときに流す,という話もどこかで聞いたことがある。確かに。オーガズムに向かうアートな絡みが妄想できる。(15分だとちょっと短い気もするが…)
俺も今までに何度かイかされた。そのひとつ。
Bolero - Torvill and Dean - 1984 Olympics
(via : +らぶのブックマーク2.0+)
観衆は総立ち。イかされ度はオール6.0。
ボレロはもともと舞踊音楽だ。ラベルはこの曲単体でイかせるだけでなく,この曲にのる舞踊によってさらにイかせようと目論む。相当なスケベだ。(だが,ありきたりなものではボレロの音楽性に負けて,もの悲しい道化の踊りになってしまう。ボレロの色気にシンクロする色気がなければダメだ) トーヴィルとディーンはその目論みにのって,見事に世界の観衆をイかせた。
BLAST Bolero (こんなのも)
俺は思う。難解で複雑なものほど,そこに秘められたエクスタシーは大きい。好奇心や探求心は,より大きく美しいエクスタシーを求めるスケベ心とほぼ同義だ。
「スケベ心溢れる人間を育てる」
教育の目標には堂々とそう掲げるべきだ。そのあたりを誤魔化すから,ちんけなスケベ心しか持ち合わせない人間が量産されてしまうんだ。(なんちゃって)
Ravel: Bolero; La Valse; Rapsodie Espagnole [Hybrid SACD]
雷神
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